ビジネスに失敗した話①

ビジネス

今回は「2回起業して失敗した」うめ吉おじさんの失敗談を記事にするぞ!

成功体験よりも失敗した話のほうが、みんな語りたがらないから貴重かもね?

では早速、今回は1回目の失敗した話いきます!

田舎の地元に戻ってきて

うめ吉さんは東京で大手ポータルサイト運営会社で営業の仕事(9割テレアポ)をしていたんだけど、札幌に転勤した後、いろいろと心折れて地元に帰ってきました。

「何の仕事をしよう?」と思っていた時に、以前仲良くしていた(今も仲の良い)知り合いに誘われて、企業やお店のホームページを制作している会社にコネで入ったのです

前職の会社でも部署のひとつに、ポータルサイトに登録したところにホームページ作成を提案して利益を上げる部署があり、そちらでいろいろとノウハウはきいていたので、比較的この仕事はやりやすいかなと思っていました。

事実、だいたい業界のトレンドは掴んでいたのでわりと楽しく仕事できたんですが、最終的に社長とひと悶着あり、その会社も辞めることになったのです。

社長と合わなかった理由

そこの社長、元々はコピー機や大手通信の代理店(光回線の営業)をやっていたのですが、顧客からホームページを作れないかという要望が何件かあったため、制作技術のある人を雇ってお店や企業のホームページを作っていたのです。

ただ、元々数をまわって顧客を見つけるスタイルだったので、基本的に営業資料とかにはあまり力を入れておらす、過去の作成事例を見てもらって、まず無料でトップページを作ってから、それを見て決めてもらうという感じでした。

そこでうめ吉は、今でこそお役所御用達プレゼンツールの代表格ですが、昔は大学の非常勤講師か、都会のビジネスでしか使われていなかったパワポ(MicrosoftのPowerPoint)を使って、数日かけて営業資料を作りました。

社長はそこが気に入らなかったようです。「なんで数を回ってこないんだ」と思っていたそうで。要は営業スタイルが社長の望むものではなかったようですね

実績は積んだが解雇された

もう一人同じ時期に入った営業未経験の新人さんは、社長の言うとおりに営業を回っていました。ずば抜けた才能があるわけでもなく、あまり結果は出ていませんでした。

うめ吉はパワポで自己作成したツールと営業経験を駆使して、確実に実績をあげていきました。トップページのサンプルを作るのにも手間がかかるわけで、作る技術者の方からしても、無料で作るものは少ないに越したことはないし、トップページだけとはいえ作品ですから、できれば成約して作品を完成したいという想いもあります。

昔流行った手法として、ホームページをパソコンやソフトウェアの保守管理に組み込んで、リース契約にするというものがありました。リース契約はサービスには組めないため、モノの保守管理名目でコミコミにするわけです。大手もこのやり方をしていました。

間にリース会社を挟むため、店や企業はホームページを作るのに一気に大きなお金がかからず、作るほうの会社にはどーんと5~6年分のお金が入ってくるため、とても良いものに見えますね。まあその5~6年はホームページを止められないんですが。

成約率が高くなったことでもう一つ良くなったことがありました。サンプルを作る際に見込み顧客と制作技術者を直接対面して打合せする時間がとれるようになったことです。

それによって制作側も直接見込み顧客の要望を聞くことができるので、間に営業を挟むより、より要望に沿った形のサンプルページができます。見込み顧客のハートをキャッチしたサンプルのため、さらに成約率は上がったのです。制作する技術者のモチベ(モチベーションの略)も上がりました。

しかし、技術者をホイホイ外に連れ出すのも社長の意にそぐわなかったようです。

もう一人の新人さんをうめ吉につけ、表向きはうめ吉を持ち上げながら手法をどんどん盗ませました。パワポの営業ツールも新人さんに惜しみなく渡したので(まあそれは仕事中に作った営業ツールなので当然でしょうが)ある程度うめ吉スタイルを新人さんが身につけたところで、なんやかんや理由をつけてうめ吉は辞めさせられました。

「じゃあ独立すっか」となった

なんだかわからないけれど、やる気もガタ落ちしたし、辞めた後一か月分のお給料もくれるようだったので、「もうええか」と思って言われるがまま解雇されたわけですが、元々知り合いの紹介だったので、辞めた後のことも色々知りました。

うめ吉の作った営業資料は社内標準の営業資料になったこと。サンプル作成に制作技術者を連れて行くのも標準になったこと。社長がいい車に乗り替えたこと。

そして知り合いも、うめ吉を辞めさせた社長についていけなくなり、3か月ほど後に自主退職しました。

うめ吉は会社都合だったので辞めてすぐ3か月間雇用保険がもらえ、その間ニートみたいな生活をしていましたが、3か月後に辞めた知り合いは自主退職だったのでちょっと困ります。

そこで、「営業と技術が揃うから独立すっか」となったわけです。

しかし甘くはなかった・・・

「まーいけるやろ」と甘い気持ちで独立を決めたものの、 やっぱり初期投資はかかるものです。
ウェブ制作にAdobe Illustrator CS3という、まあまあ高いソフトを使っていたので、そういうものや事業用の固定電話、PCなどいろいろごちゃっとしたものを揃えて営業を始めました。

その一月後あたりに何件か成約もしましたが、実績がないのでリースではなく、月々定額の料金を支払ってもらう形になります。止めようと思えばサーバードメイン費用1年分の残りを支払ってもらえば止められるのです。

しかし甘く考えていたため、資金繰りに困ってしまいました。実績も少ないために融資も難しそうです。

いろいろと考えた結果、ちょっと持続は難しそうとなって、元いた会社に紹介料を貰って顧客を引き継いでもらい、廃業することにしました。

敗因は運転資金を軽く見積もっていたことでしょう。

そこそこやれるだろうと思っていても、事業に集中するなら1年はまともに食えないでもやっていけるようにしなければならなかったなと思いました。

後日談

その後数年して、うめ吉さんはしばらく大阪で仕事をしていましたが、再び訳あって地元に戻ってきました。仕事が決まらずカラオケボックスでアルバイトをしたのですが、その時に驚愕の事実を知りました。

そのカラオケやさんのホームページは、昔いたあの会社から独立した制作技術者の方が作ったものだったのです。ちょっとだけお会いする機会があったのですが、その方も社長が気に入らなかったので、数か月かけて工作し、顧客と信頼関係を構築して、顧客をごっそり引き連れて独立したのだそうです。

その後社長の車は軽ワゴンになったそうな。

事業をするには、すぐ食えるだけの自分の顧客を持つか、当面の運転資金を確保せよということですね。

ということで、今回はここまで。うめ吉でした!

コメント

  1. えぐぽん より:

    起業するのは簡単なお仕事なんやw
    起業はな…

  2. […] 前回の『ビジネスに失敗した話①』はまあまあ好意的?に受け取っていただいたので、調子に乗って2回目も…元から公開する予定だったけどね! […]

  3. […] 「ビジネスに失敗した話①」「ビジネスに失敗した話②」読んでみる? […]

  4. […]  一度目の起業に失敗し、以前は東京、札幌と住んでいたのでそろそろ大阪進出かなーなんて軽い気持ちで九州の田舎から出てきてはみたものの、知り合いはいない、土地勘はないでとりあえずどーしたもんかと思い、とりあえず家と仕事探しをしながらSNSを使って知り合いでも作るか、と考えました。相変わらず(今もだけど)行き当たりばったり無計画野郎でしたねー。 […]