16万円で上京した話

雑記

今回は、うめ吉が20代半ばに、わずかなお金で上京した話を書きます!

学生の頃は東京のIT系の企業に就職するための就職活動をしていたんですが、世はまだまだ就職氷河期で、大手は競争率も高く、ベンチャーは即戦力か理系の学生を採っていたため内定をいただくことができず、地元の広告代理店に就職することとなりました。

そこで早くも4か月で心折れて辞めてしまった話は、「新規開拓営業のひとつの考え方」という記事のほうに書いているので、良かったら読んでね。

まあそういうわけで、仕事は辞めてしまったわけですが、高校生の頃から抱いていた「インターネットが世界を変えるビジネスになる」という想いは変わることなく、やっぱりまずはIT系の会社に勤めてリアルな業界の空気感が知りたいと思ったので、色々考えた結果「おら東京さ行ぐだ」となったのです

なんとかなるさで上京

東京に行くことにした日に、航空券をインターネットで購入。早割で買って30日後に旅立つことにしました。その時はすでにインターネットで格安航空券が購入できたので助かったなあ。

就職活動ではよくネットカフェに泊っていたので、今回もしばらくそれで行くかと軽く考えました。とりあえず東京にいった後すぐ働けるようにと派遣のサイトにもいくつか登録。東京自体も学生の頃の就職活動で何度か行っていたので、「日本語通じるし大丈夫やろ」ぐらいの気持ちでした。

適当に荷物をまとめて、ダンボールに詰めて準備が終わったら、あとは出発の日が来るのを待つのみ。のんきに本読んだりネットゲームしてたりするうちに、あっという間にその日は来ました。「いってきまーす」と言って実家を出たものの、どこに行くのかそういえば言うのを忘れてた感。まあ昔から自由人だったので親も慣れてるかな?

空港でも手荷物はリュックひとつぐらいだったので、行くまでは気軽な旅でした。行くまでは。

まずは家探し

家がなければ住所移せないし仕事もできないだろ!ということでまずは家探しから始めました。やっぱ東京は高い。なんで1Kでこんな値段なんやって思ったけど、結局地価が無駄に高いからなんですね。とにかく安いところがいいなって事を不動産屋さんに伝えると、出てきましたよ、事故物件。と言っても亡くなられた方は病死だそうで、生きてりゃ病気で死ぬこともあるよなあなんて考えていました。場所は世田谷区用賀。田園都市線も通ってるし利便性はいいよーなんて言われてとりあえずキープ。

もうそこでいいかなーなんて思って次はネットで登録した派遣会社に向かったんだけど、そこの派遣会社の人がなんか気さくでいい人で、すぐに入れるIT系企業を紹介してくれることになり、その足で知り合いの不動産屋まで連れて行ってくれた。職場が新宿になるだろうということで、中央線で一本でいける杉並区荻窪の不動産屋で、西荻窪の物件を紹介してもらうことに。

手持ちは16万円。西荻窪の物件は敷金礼金なしの6万5千円で、仲介手数料と前家賃で13万円かかるとのこと。オゥ、じゃああと3万円か…でも月半ばで入居して初月の家賃はなしにしてもらえた。なんとかなるかな!事故物件に住むことはなさそうだ!

契約書書いて審査通ればその日に入居可能らしい。無事審査も通り、さて明日は派遣先の顔合わせだ!その日は駅にある西友で布団を買って、担いで家まで持っていった。駅から徒歩8分?とか言ってたけど、体感30分ぐらいあった気がする。その日は家に布団とニンテンドーDSと、ノートPC、スーツが辛うじてある状態で、照明すらない状態でした。

派遣先との顔合わせ

次の日、さっそく午前中に派遣先との顔合わせ。肩書は副部長とのことだったが、茶髪でなんかチャラい感じの人。「お、いいじゃんいいじゃん」みたいな軽いノリで話して職場見学させてもらう。オフィス広い。

会社は最近2社が統合したみたいで、新体制になって勢いづけたい狙いもあって大幅に人員を増やすようにしたとのこと。派遣は「紹介予定派遣」という形で、3か月ほど働いて続くようなら直雇用になるということだった。願ったりかなったりかな?

ほぼ同期は10人以上いて、歳もだいたいみんな20代。関東圏からの人が多かったけど、広島や愛知出身の人も。びっくりしたのは長崎出身と言っていた同期が実は自分が出た高校のほぼ隣の高校出身だったこと。世間って狭いんだなあ。

一週間後の来月から働くことになり、今日のところは帰宅。帰りにリサイクルショップでシーリングライトと電子レンジを買うも、残金がこの時点で2万円を切る。ちょっとだけ不安。

そして働き始める

1週間の間に実家に連絡し、荷物を送ってもらう。送料はいつか返すとは言ったけど、結果的には親に甘える形に。そして米はなくなる前に連絡すれば送ってくれるとのこと。農家ばんじゃい。

送ってもらったものは段ボールにつめていた衣類と本。漫画がけっこうあったけど読まなくてもいいかとすぐに売りに行く。5千円ぐらいにはなった。これで少し食いつなげる。

お給料は月末締めの10日払いなので、40日間を2万5千円ほどで過ごすことに。職場までの定期券を購入し、残金1万8千円ほどになる。米が送ってきたタイミングで、リサイクルショップで炊飯器を買う。そうだ、これが必要だったんだ。

そして、少し悩んだけどニンテンドーDS本体も一旦手放した。稼ぎ始めてから改めて買いなおせばいい。その間は本でも読んでいよう。当然インターネットはまだ家にひいていなかったし。

仕事は主にほとんどテレアポ。営業部隊にアポイントメントを渡すための仕事で、用意されたスクリプト(台本)を読んでいくんだけど、台本通りにいかないこともしばしば。想定問答もしっかり読み込みつつ、早口にならないようにしつつ、電話をかけていく。一日300件はかけろと言われた。そんなに!?と思っていたけど、訪問で1日100件よりはぬるいし、だいたい断られるからそれぐらいは電話できるんだなあ。

テレアポでコンスタントにアポイントメントが取れるようになったら、自分のアポに同行営業いけるらしい。まずはそこからだ。

40日間の半孤独

職場では人と会うんだけど、家に帰ると当然誰もいない。まあそりゃそうだよね。そして家には布団とノートPCと本しかないんだけど、PCもインターネットにつながってない。実質本一択。

いろいろとさみしくなって、コンビニでDVD付きのムフフな本を買う。いやらしいと思うかもしれないけど、実際けっこうこれに救われたんだよね…

あれだけ物がないなかでの生活は今まででもあれ一回だけのような。この経験のおかげで次に大阪に出る時はノートPCにかなりコンテンツを詰めていて助かった。とにかく暇つぶしも本読むしかないし、携帯電話はあるけど節約のためにできるだけかけたくないので(その頃は従量課金が普通で、スマートフォンもLINEみたいなアプリもなかった)、こうなってくると慣れない過酷な職場でも、人と話せて触れ合えるほうがいいみたいな思考になってきました。

だいたいうめ吉は何かしら刺激がないとじっとしていられない方なんだけど、この時ばかりは出歩くのもお金がかかるし、とにかく辛抱しましたね。100円ショップに売ってた牛丼のもとと親子丼のもとはヘビーローテーションし、うどん玉にカレーをかけたものもよく食べたっけな。

多分人生で一番の貧乏暮らしだったと思う。貴重な経験。ギリギリまで節約すると最後の方は少し余るぐらいになってきたので、食事のボリュームを増やしましたとさ。

初の給料日後は危機から脱する

40日間の修行?を終えて、その仕事で初のお給料をいただく。ありがてえありがてえ!

インターネット回線の契約は、お給料日後に工事が終わってつながるように計算して、ちょっと前に申し込みをしておいた。うめ吉賢い。

そして、簡易的なデスクとちょっと良さげな椅子を買う。どっちも安く抑えるために自分で組み立てるタイプのものを買ったけど、こういうのって組み立てるのはそんなに難しくはないですね。

プライベートが充実してくるとなんか仕事がきつく感じてきて、次第にお酒を飲む量が…

ただ、上京して一番きつかったのはこの初給料を貰うまでですね。あとはプライベートは楽しい限り、仕事はまあ毎日電話をかけるだけなので次第にストレスは大きくなっていきましたが、インターネットでゲームやってたら仲良くなった人たちがいて、毎日ネット麻雀やりながらお酒を飲んでいましたとさ。なんか勉強できるような精神状態ではなかったなあ。

とまあ、うめ吉の上京物語はこんな感じでしたー。

何の参考になるかはわからないけど、リアルな上京貧乏生活が伝わればいいかなって思います。テレビでもやってたよね、地方から出てきた女子が貧乏生活やってるやつ

今回はここまで!うめ吉でした。

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